この漫画『俎上の鯉は二度跳ねる』は、『窮鼠はチーズの夢を見る』の待望の続編です。
私的には、続編も『窮鼠~』以上に相当読み応えのある内容に仕上がっていました。
俄然、注目を浴びてきたBL漫画の名作を、どこよりも詳しく結末を含めてあらすじをネタバレしていきます。
『俎上の鯉は二度跳ねる』原作(漫画)結末とネタバレ
真実の恋を知った恭一がイイ男に磨きをかける
告白されれば付き合うし、誘われればホテルへ行く。
流されやすい男・恭一は、離婚した妻に復縁を迫られ、男である今ヶ瀬を選ぶことに。
同性相手という葛藤はありつつも、『男の側』では決して知ることのなかった快楽を知り、愛される幸福に恭一は満たされていきます。
一方、長く恭一に片思いしていた今ヶ瀬は「今度は男にも引っかかるのでは」と心配が募ります。
なにしろ流されやすく優柔不断な相手です。
今ヶ瀬は、俺以外の男はやめて欲しいと恭一に忠告するのでした。
愛されることで余裕ができたのか、31歳の若さで課長に昇進した恭一。
地味ですが整った外見とやわらかい物腰で、「岡村たまき」を含め女性社員に人気があります。
そして「今ヶ瀬の誕生日にワインを」と考えた恭一は、ワインに詳しい知人がいるたまきとの距離を縮めていきます。
今ヶ瀬の誕生日。
コース料理を予約し、ワインをプレゼントする恭一。
大事にしまおうとする今ヶ瀬に、来年もあげるからこのワインは今飲もう、と伝えます。この「来年の約束」は、不安を抱えていた今ヶ瀬の心に大きく響きます。
そしてワインを開けて抱き合った二人。
店の予約の時間が近づきましたが、焦る今ヶ瀬に恭一は軽くキスをして、再びベッドに横になってしまいます。
すっかり恋人らしいやりとりに今ヶ瀬は頬を染めるのでした。
そこで鳴った呼び鈴。
忘れ物の書類を届けに来たたまきに、今ヶ瀬は警戒し、「恭一の彼女なのか?」と尋ねます。
するとたまきは、恭一は会社で「彼女はいない」と話していた、という言葉に不快に思い、荒々しくその書類を受け取りました。
会社での立場が悪くなるかも、と心配する今ヶ瀬と、彼女はおかしな噂をまいたりはしないとたまきを信用する恭一。
その態度に、今ヶ瀬はますます不安を募らせるのでした。
自分達の関係は『恋人ごっこ』なのか?
苦悩する今ヶ瀬を救う言葉を、恭一は口にすることは出来ませんでした。。
たまきの存在に揺らぐ二人の関係
恭一は自分でも、自分の気持ちがわからない状態でした。
恋愛感情なのか、流されているだけなのか。もしくは罪悪感なのか。
悩む恭一の頭には、ちらりとたまきの顔が浮かんできます。
そんな折、自社の常務とたまきが腕を組んで歩く姿を目撃した恭一はショックを受けます。
彼女は不倫をしているのかと落ち込む恭一に、今ヶ瀬は優しい言葉を掛けられません。
感情的に荷物を掴み、玄関へと向かう今ヶ瀬。
呼び止めた恭一は、今ヶ瀬と対等になりたいと伝えます。
そこで今ヶ瀬は、付き合い始めてもっと好きになってしまったという苦悩を告白したのでした。
改めて、気持ちの重さを対等にしたい、と伝える恭一。
ベッドの中で手を拘束され、恭一は今ヶ瀬に激しく抱かれるのでした。
そのまま恋人としての日々は続きますが、恭一は自分の気持ちがわからず困っていました。そんな折、たまきと常務が不倫関係でなく親子だと知った恭一は、彼女との関係をハッキリさせなければならない状況に追い込まれます。
偶然から、恭一・今ヶ瀬・たまき・たまきの友人の4人で飲むことになったある日。
今ヶ瀬はたまきを牽制しますが、その言葉はおっとりしたたまきには届きません。
同時に、たまきの友人が今ヶ瀬にアプローチを掛ける姿に、少しショックを受ける恭一。
好きな人がいて、うっとうしいくらい入れあげている。
アプローチを躱して自虐する今ヶ瀬の言葉に、恭一は嬉しく思ったり、かわいさを感じたりします。
けれど、この飲み会が終わった後も、二人はすれ違ってしまいます。
浮気を容認する今ヶ瀬と、うまく説明できなくて嫉妬を煽ってしまう恭一。
そしてこの日、今ヶ瀬は恭一の上に跨ります。
一度だけで良いから抱いて欲しいという懇願する今ヶ瀬に、恭一は体を反転させ、今ヶ瀬をベッドに縫い付けて激しく抱きます。
その後、恭一は我に返って悩み出します。
抱かれたのではなく抱いたのでは、流されたという言い訳は通じません。
そんな恭一に今ヶ瀬は再び思いを告白し、二人は激しく抱き合うのでした。
幸せに難癖をつければ、どこまでも不幸になれる
今ヶ瀬が出張に出た後、常務の訃報が届きます。
葬儀場で深く悲しむたまきを、恭一は抱きしめて慰めました。
そんなたまきとの関係を疑った今ヶ瀬は、恭一を信じられなくなり、もう終わりにしましょう、と言い出します。
それに同意し、同棲を解消してから、恭一は改めて今ヶ瀬の思いの深さを知ることになります。悩む恭一は、たまきを前に自分のもろさをさらけ出し、関係を持ってしまいます。
そして部屋に残る恋人の痕跡を指摘された恭一は、「好きだった」ことをはっきりと自覚したのでした。
恋の死を看取る覚悟
それから半年、恭一とたまきは交際を続けます。
水族館デートでたまきに元恋人のことを問われ、どこが好きだったかや何故終わってしまったのかを語る恭一。
好きになりすぎるとうまくいかない。
そんな風にたまきは恭一を慰めます。
「本当の恋」だったこと、そしてそれが終わりを迎える瞬間を、恭一はぼんやりと想像するのでした。
後日、ストーカーに悩むたまきは、恭一に黙って、今ヶ瀬のいる調査会社に調査を依頼します。
今ヶ瀬のことを思い出し、懐かしく愛おしく思う恭一。同時にゲイとして彼を愛せる他の男に嫉妬も感じます。
後日、今ヶ瀬の隙を突いたストーカーはたまきを階段から突き落とします。
幸い大きなケガではありませんでした。
今ヶ瀬に礼を言う機会を持った恭一は、彼女と結婚するのか、と問われて肯定します。
そこで今ヶ瀬は、堰を切ったようにこの半年間を語り出しました。
恭一を忘れようとして名前まで思い出せなくなり、「それだけは」と号泣したこと。
何があってもこの名前だけは、と願った今ヶ瀬のすがる言葉を、恭一はすげなく躱します。
しかし今ヶ瀬がふと目にしたテーブルには、いまだ今ヶ瀬の灰皿が置いてありました。よく見ればマグカップも残っています。
真実に気付いた今ヶ瀬は、「どうかもう一度」と願いますが、恭一の態度は冷たいまま変わりません。激高し、言うだけ言った今ヶ瀬は、とうとう部屋を出て行こうとします。
突然、恭一に腕を掴まれ、揉めつつもベッドへと運ばれた今ヶ瀬。
恭一に激しく抱かれた後は、たまきへの嫉妬から恭一を抱いてしまいます。
事を終えた今ヶ瀬は、たまきと別れるよう恭一に懇願するのでした。
「別れる」
という台詞が恭一から出てきて、驚く今ヶ瀬。
今ヶ瀬が望むのは『恭一との絆』。それなら与えられると、恭一は伝えます。
恭一もまた、今ヶ瀬との絆を欲していたのです。
心の内では葛藤が続いている恭一ですが、今ヶ瀬をどうしても離せないと覚悟を決めるのでした。
恭一は、たまきに別れを切り出し、前の恋人とよりを戻すことを伝えます。
たまきは「待ちたい」と彼女の愛を伝えますが、恭一は抱きしめながら終わりを伝えました。
そして家に帰ると、なぜか今ヶ瀬の姿がないのです。
ゴミ箱には、ずっと取っておいた今ヶ瀬の灰皿が。
これだけ足掻いたのに、臆病な今ヶ瀬は恭一の腕をすり抜けてしまう。
こんな終わりなのかと虚無感に包まれた恭一は、窓の外に一人の男を見つけます。
雪の降るバス停にずっと立っている今ヶ瀬の姿を――バスが来ても乗らずに、ずっと。
逃げ出そうとする今ヶ瀬に、腹をくくれと迫る恭一。
いつの間にか、二人の関係は最初の頃とは大きく変わっていました。
恭一は、この関係は「別れが来る」ことも「それは避けられない」ことも、もう気づいていました。
疑り深い今ヶ瀬が、耐えられなくなって去るのだと。
しかし恭一は、もうそれでもいいと思うのです。
『いずれ来るこの恋の死を看取る』
優柔不断だった恭一は、今ヶ瀬と出会って愛し合い、傷つけ合って、そして恋のために覚悟をする男に変わったのでした。
しんしんと降る雪のなか、二人は話し始めます。
ベッドを買い替えること。
お互いに指輪を買うこと。
これからのことを語り合う二人に、雪は絶え間なく降り続けるのでした。
『俎上の鯉は二度跳ねる』の感想
こんな恋があるのなら、人生はそれだけで価値がある
何度別れても、結局ここに戻って来てしまう。
このコミックスでは、恭一も今ヶ瀬も、恋に溺れてもがき続けました。
恭一の好みの女が目の前に現れ、疑心暗鬼に陥り、嫉妬に苦しむ今ヶ瀬。
そんな今ヶ瀬を可愛く思い、どんどん深みに嵌まっていく恭一。
ヒステリックな今ヶ瀬の言い分は、読んでいるこちらも苛々することが多かったです。
対照的に、恭一のなんと男らしいこと。
女役から男役に転じたことが良かったのか、今ヶ瀬との関係に覚悟も定まったようです。
一方今ヶ瀬は、ますます恭一に惚れこんで、それだけに一人で空回り。
結婚寸前までいった女を捨てて、自分を選んでくれる男なんてそうそういないぞ今ヶ瀬!
と叱り付けたくなりますね。
恭一を愛しているがゆえに、恭一の心が前の恋人に囚われたままであることを感じていたたまきも、実にいじらしいです。
これまで恭一と関係を持った、あるいは持とうとしていた女達へ感じたようなあざとさがありませんでした。
度胸もあって、恭一が惚れてしまうのも納得。
でも、それでも。
恭一は今ヶ瀬を選ばずにはいられないんですよね。
ところどころで、今ヶ瀬のことを想いながらたまきを抱く描写がありましたが、酷い男だと思いつつも、それでこそ真実の恋なのだろうと頷かずにはいられない場面でした。
綺麗な恋で終われる人間は、この世でどれほどいるのでしょう。
逆に、全てを失ってもいいと思い、実際に失って恋人しか残らず、それで良いと満足できる恋がどれほどあるのでしょう。
恋とは何か。
共に生きるということは、どういうことか。
深く、大きなものを考えさせてくれる作品でした。